満月に向けて🌕

今日は、朝から夜まで大事なお話を

聞かせていただきました👂


発達障害という私の障害が

作られてきたものであるのは、過干渉な親による

虐待を受けていた結果だったから…というと

強烈に聞こえるかもしれません。


でも、私の親、特に母親は

ものすごい過干渉だったので

私は子どもの時から自分の意見が言えなかったり

親の顔色ばかり伺ういい子を演じてきました。


それでも、親なりに愛はあったと思う反面

親という「人」と、やってきた「事」は

冷静に分けて考える必要があるとわかり、

事を見ると子どもをコントロール

親にとってのいい子に躾けてきたという意味では

虐待だったと言えるのだと理解しました。


同時に、子どもだった私も

いい子になることで親をコントロールしていて

言うことを聞くフリをして

影ではずるいこともしていました。


いずれにしても

外側の誰かや何かに意識が向きすぎて

自分がどうしたいかが薄かったり

主張できない状態が未だに続いていて

「自分にもいなければ相手にもいない、

尊重という中だけにいる」という

とも子さんの言葉通り、

自分がおらず、漂っているような状態になるのも

時折感じていました。


そんな私たちに

とも子さんが伝えてくださったのは

「コントロールされてきた自分から目覚めよ!」

ということ。


大事なのは自分を持つことであり

自分はこうであるという肯定感をもつ

訓練をしにきている。

それは、自分に責任を持つことでもある。


人との関係性や距離感で感じる寂しさ

愛されないのではという恐れは、

元を辿ると親との関係性で感じた寂しさと同じで

それがすべてに波及しているのも感じていて、

大きな寂しさ=親への寂しさがありました。


でも、愛は育むものであることを忘れ、

クレクレ星人になり、誰かに愛を求めても

満たされることはない。


とにかく、自分が自分への愛を育み

愛を自分にあげることで、

自分のエネルギーが上がり⤴︎、

溢れ出た愛を他者に差し上げるという

流れが生まれるとも。


何度も聞いている言葉ではありますが、

だからこそ、自分をまず満たすことが

絶対的に大事であると

改めて理解できました。


自由への恐れ、

自分がやりたいことをやることへの抵抗は

コントロールから外れる恐れだけれど、

そう感じる時点でコントロールされてきたわけで

沖縄に来たのも親の枠から外れたかったから。


でも、同時に抵抗してるということは、

自分のやり方を自分で知っていて相手に

はまらないということでもある。


本当はなんでも知っている自分をもっと信頼し

自分勝手と言われるくらい自分流を出そう!

と改めて思いました。

 

何が起ころうとも、自分でいる。

目指すはそこです❣️

 

今日もありがとうございました😭